これが、「共感」という言葉の定義だ。
若者と「老人」との間に、「共感」を持つ。「共感」が生まれる。どうしたらそうなれるのだろうか。
簡単な例で検証してみる。身近なわたしという、やっかいな、へんくつな「老人」を見てみる。
わたしは「カラオケ」が好きだ。若者も「カラオケ」が好きだ。で、「共感」は生まれるか。生まれない。
なぜなら、同じ「カラオケ」でも内容がまるで違う。
わたしは、荒井由実(ユーミン)の曲を100万回聞いても、理解できない。
一.立山に両の掌(て)合わせ せめて便りが 噂が欲しい
まだ未練たち切れないとなぜなじる 越中 雪の湯の町で
おんなが歌う ああ はぐれコキリコ
二.筑子竹 二人で鳴らし 思い焦がした十九と二十歳
あの春を忘れた人のにくらしさ 情けの峠越しかねて
おんなが歌う ああ はぐれコキリコ
三.盆が過ぎ 笛の音太鼓 それに鍬金きくたび想う
ふるさとを見捨てた人の身の上を 茜に染まる空見上げ
おんなが歌う ああ はぐれコキリコ
成世昌平とい人が歌う「はぐれコキリコ」という唄だ。感動のあまりに涙が出そうになるほどの唄だ。と
わたしは感じる。だが、わたしの前にいる若者達は無感動だ。歌詞の意味すら理解できない。
こういう「老人」から「共感」を感じられるようになるには、どうしたらよいか。
これが、介護の仕事のもっとも重要なテーマと思う。

